教えるんだけど 教えていない

教えること - - さちこ(HN:寝子)

昨日・今日はレッスンでした

今回もいろんな気づきがありました

 

教えている側でありながら

いつもたくさんの学びがあります

そもそも 教えているのか?です(笑)

 

「教えることはできない」

 

これは 先輩先生たちもおっしゃってました

本当にそうだなって思います

 

教えているというよりは

いつもと違う提案している

一緒に実験している

一緒に学んでいる

生徒が学ぶことを助けている

 

そんな感じ

 

だって アレクサンダー・テクニークは

まどろっこしくて

ハッキリしなくて

よくわからないものだから

観察の対象が自分自身だからなのかな

 

 

何かの動きについてレッスンするときも

 

これをやったら これができるよ

こう動いたらうまくいくよ

この手順で動くと たどり着けるよ

 

そういう直接的な”やり方”ではなくて

 

自分への意図を持つことで

頭と脊椎の関係が変わって

全体のコーディネーションが良くなることで

原因となっていたことをやらなくなり

結果として 何かが変わる

 

間接的なものだし

何かをやめることだし

結果も 何が起きるかわからない!

 

てことは・・・何を教えている?

やっぱり教えていない!?

 

 

でも 生徒としては

何か「これです」が欲しいじゃないですか

具体的なもの

わかりやすい何か

 

そこが・・・ないんですよね

 

提案はできるんですよ

ちょっといつもと違うプラン

 

でも それを試してみたからといって

想像したとおりになるとは限らないし

この結果を導き出したいと思うと

欲しい結果は得られずに

その考えを手放したときに

欲しい結果が手に入るわけです

 

とりあえず 欲しい結果が手に入っても

もやっとしますよね〜

「何でこうなったのか よくわからない」

 

コーディネーションが変わって

やっていた邪魔を やらなくなったから

なんですけどね

 

そのコーディネーションの変化も

教師の手が起こしているようで

実際には 生徒自身が選んでいます

生徒が自分で変化しています

その点でも「教えて」いないですね

 

 

でも自分が生徒だった頃の最初は

「この手は何をさせたいんだろう?

 何が起きたら正解なんだろう?」

 

よく考えていました

期待に応えたい

間違ったことをしたくない

そういう望みが自分の中にあったのです

 

 

つかみどころのないまま

もやっとしてると気持ち悪いかもだけど

「なんだろう・・?」

それを浮かべておいてもいいんです

すぐに結論付けてしまうと

大事なものを見落としてしまうから

 

その中から何を学ぶかも

人それぞれだったりするので

やっぱり 教えていないんですよね
 

 

アレクサンダー・テクニークって

本当にまどろっこしい

でも なんだかわからないところが

実は面白いんだなって思います

 

 

今日もいろいろ学ばせてもらって

ありがとうございました💖

 

HP:AT Dance 〜踊る身体のコツを知る!

  • 0
    • Check

    スポンサーサイト

    - - - スポンサードリンク
    • 0
      • Check
      無料ブログ作成サービス JUGEM